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卒部後23年息子と富士山に登りました(高田) |
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| 仕事にかまけて一切山登りもせずに23年経っておりました。 その間生まれた息子が中学生になり体力もころあいとチャンスを窺っていましたが一瞬の仕事の隙をつき2人で富士登山にでかけました。1泊プラス予備日1日で登れる3千m峰で、万が一のサポ−ティングシステムを考えると富士山が一番。 |
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| 7月19日(土)8:00の便で鹿児島から東京へ。前夜、何度天気予報を確認しても、三島と河口湖地方は降雨確率50%。頂上は無理かなァ・・とあきらめ気分でいると、窓の外 雲海の上にそびえるアレはたしかに富士山。にわかに元気づいたのでした。 羽田からバスで新横浜。新幹線で三島。富士ノ宮口五合目に14:15につきました。寒い! |
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| さっさと登山服に着替えました。 なんとこの毛のシャツとニッカ、ソックス、23年前の現役時代に使っていた現物。いや物というのは使わなければ長持ちするものです。快適々々。 | ||||||||||||||||||||||||||||
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| この富士ノ宮口は山岳部時代には11月の雪上トレーニングで毎年入った懐かしいルート。 六合目の小屋や新七合目の小屋、滑落時のピッケルストップの練習をしたカ−ルやあまりの強風に3点支持のまま数十分こらえていた斜面など今となっては昔話と思いながらひたすらのぼり16:30元祖七合目小屋着。 |
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| 明日の天気が心配なので行けるところまで行こうと九合目に宿泊を予約し、歩き始めるが高度障害が出てきたのか寒さのせいか、なんとも疲れて脚が上がらなくなってくる。なんと息子はいたって元気でかけっこを挑んでくるくらい。ヨシと走り出すが完敗。ナンダコレ。 次第にバテてきて、しかしこれも思えば懐かしい気分。 やれやれで18:00九合目小屋(3460m)着。 |
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7月20日(日)朝2時起き3時出発。やっぱり高度障害だろう、頭がガンガンする。 小屋の外ではすでに頂上まで行列ができている。 下に雲海。天は星月夜。最高のコンデションでのぼるが4:40ご来光が頂上まであとすこしのところで来てしまう。5:00富士宮口頂上。さらに剣が峰3776mを経て河口湖側へお鉢をまわる。西側では雲海に影富士がきれいに出ていた。 |
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| すごい人並みの河口湖口へ下山。9:30五合目着。 自分の体力の実情とマダいけるという実感。息子もイケル。収穫でした。 |
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