子連れ妙高山山行(喜多さん)  2002年8月4日

 私の家内の兄が、妙高高原池の平、いもり池から徒歩5分程度上部でペンション(ナイチンゲール;電話 025−586−3821、メールアドレス msehi@d8.dion.ne.jp 公共の場で宣伝してすみません。)をしておりますので、ここを基地にして一昨年は、火打山に出かけ、今回は妙高山に登ってきました。

大倉沢にて
(お母さんは坂野さん、松井さんと同じ静岡女子大学山岳部です)

 今回のルートは、ちょうど円を一周した形です。おおざっぱに言えば、時計の2時に位置する燕温泉を出発し、時計の針の進む方向とは反対に歩き、8時の位置の妙高山(2445m)に登り、もとの位置に帰るというものです。
 8月4日 4時10分兄の車を借りて、女房、長女、三男の四人で出発。標高800m前後の高原を赤倉温泉へと北上し、赤倉で左折、燕温泉へのまがりくねった、まだ夜の明けぬ登り坂を進む。4時25分燕温泉に到着。準備運動をして身支度を整えいざ出発の時、私は自分の登山靴を玄関先に忘れてきた事に気づく。女房にしかられ、とりに帰るのも面倒なので運動靴で、そのまま4時35分に出発。このような事が出来るのも山岳部当時、地下足袋であちこちの山を駆けずり回った経験があるからでしょうか。
 燕の温泉街(約15軒程度でしょうか)を抜け、5,6分歩けば北地獄谷下流の沢にかかる立派な吊り橋に出る。これを渡り30分程度のきつい登りにさしかかる。
 20歳になった娘と、18歳の息子との山登りや、ハイキングは何年ぶりになるであろうか。これからこの先このような機会は無いかもしれぬと思うと、今回のこの時間を大事にしたく思いつつ登って行く。それにしても娘のおしりの小ささと足の細さを眺めるにつけ、女房のそれとは大違いで、これから半日後にここへ娘が無事たどりつけるか多少心配になる。こんな事を思っていると5時15分に麻平に着く。ここから本当の円形状歩行が始まる。ここで小休憩し、5時35分大倉谷の沢に出る、この沢を渡り急な登りを何度か一服しながらボチボチ登れば、7時ちょうどに黄金の清水に到着。ここの清水の冷たさは、数秒も流れ落ちる水に手をかざすことなど出来ない。ここで、握り飯を食べ、美味い水を飲み、子供とこの水場でひと時過ごせば、奈良大峰の大普賢岳へ、この子供達が小さかった頃に登った事が思い出される。7時24分ここをあとにして、妙高山の真北に位置する長助池にむかう。       

黄金の清水と長助池の間

途中、二箇所ほど200〜400坪ほどの水芭蕉の群生地を見出す。8月初旬では水芭蕉も葉のみであるが、初夏のこの地は、水芭蕉の薄黄がかった白が太陽の光を反射し、雪解けの音があたり一面にこだまし、それらの背後には残雪の妙高山がうつし出され、体をゆすらんばかりに木々には新芽が萌え、小鳥がさえずっているであろう。一度、その時期に訪れてみたい場所である。

この付近で、20人前後の中高年の団体登山者達と出会う。黒沢ヒュッテから来られたとか。その中のおっちゃん達は先頭を歩く若い娘には愛想がよいが、少し遅れて歩くうちの古女房に出会うと、いらんおばはん現れたとばかりの顔になり、その事を母ちゃん敏感に感じとっているようで、少々むくれている。そうしているうちに8時10分長助池着。7月20日ごろには、この場所はあたり一面がお花畑であろう。一昨年、火打山に登ったのは7月20日であった。その時、火打山への途中にある高谷池(こうやいけ)周辺や、天狗の庭のお花畑の美しさを思い出す。長助池と書かれた木柱付近で写真を撮ったりしていると、ガスがかかりだし午後の天候が少々気にかかる。すぐにガスが消えたりと不安定である。8時30分長助池を発ちだらだら道を歩むこと15分ほどで、右に行けば黒沢ヒュッテ、左に進めば妙高山への分岐点に到着。少々休憩し8時52分、今日の最大の難所である妙高山への登路にむかう。道標には、分岐から1時間10分で山頂とあるが途中で一度休憩して、9時55分には妙高山山頂に到着。歩いて来た道や、池の平方面を眺める事が出来るのではとの希望を持っていたが、足下には雲がかかり期待を裏切られ、ならば、山頂にいる我々の声だけでも体調不良の女房の母親に聞いてもらおうと携帯電話で呼び出すと、応答がある。その声には、母が、いもり池からいつも眺望している遥かかなたの妙高山山頂に、我が娘とその孫が今現在そこに居るのかと、「あら、まあ、カズちゃん、しほちゃん、ゆうちゃん」と感激したような声が返ってくる。やはり、今回このような形でここまで来れたことに感謝してしまう。あと関西支部の春田、田中、堂馬さん達にも電話してみたが、不在とか留守録に切り替わり非常に残念。山頂でゆっくりし、10時25分下山にかかる。

急な足元に注意しながら、鎖場等をすぎ約1時間程下れば、相当に疲れきって一息ついておられる50歳半ばの御夫婦と出会う。朝4時に東京を車で出て、山頂まで2時間弱のところまで登られたようで、このような芸当が出来る事に驚きをもってしまう。11時30分には、天狗堂という湿地帯に着く。ここは赤倉温泉と池の平温泉へのルートと、燕温泉へのルートに分かれる所である。10分ほど下りると、北地獄谷上部の沢に出会い、その右岸を子供の元気な後姿を見ながら進むと12時には、北地獄谷の右岸を通り野天風呂「黄金の湯」への道と、左岸を下り、今朝初めての休憩をとった麻平への道に分岐点にさしかかる。私達は麻平へと下る道をとり右岸から左岸に渡ろうとした時、携帯電話が鳴り出す。声を聞けば堂馬さんの声でありこちらのすばらしい模様と、渡ろうとする沢の音を聞いていただき下りる。それにしても、この谷あいで電話出来るのであるからすごい時代になったと思うと同時に、下方の燕温泉までが近いことが理解出来る。ここから30分もすれば麻平に着くのであるが、私の足の具合が悪くなり出し約1時間程かけて13時15分に麻平着。足を引きずり、朝、登って来た道を引き返し13時40分吊り橋通過。13時55分車の所に到着。
燕温泉の湯を楽しみ、15時ごろには池の平の家に帰り、一服していると関西支部の田中さんから電話あり、関西支部の秋の山行での宿泊場所確保の事で気をもんでいる御様子。人のお世話は大変ですが、誰かがとりまとめねば、すぐにばらけてしまうのも任意団体の宿命。幹事役の方大変ですが、どうかとりまとめの努力して下さいませ。また、会員の方も出来るだけ都合をつけ行事に参加下されば、世話役もやりがいがあるのもまた事実。この様に、微妙なバランスでなりたつ所にも、また良さがあるのでしょうか。
それにしても、今日一日歩き続けましたが、若い子供の足元よりも、自分の足元に注意を払わねばと思う事に気づかされた日でした。皆様も良い山登りをされます事、祈っております。       喜夛   妙高高原池の平、関口宅で。