ホームへ戻る |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
静岡大学山岳会関西支部、春の山行報告書 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
谷本謙さんの母上様、我々にヨーロッパから持ち帰られたワインを京都北山雲取山の山頂で、いただきました。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
期日; 2003年4月5、6日 |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
4月4日(金) 近畿地方は夕刻からあいにくの雨、帰宅遅くなり参加される方々から明日の予定について電話のあった旨を女房から聞く。21時を過ぎている為、参加者全員に電話連絡し、明日の行動予定を決定する。4月5日朝からの行動は中止し、14時京都出町柳発の京都バスで宿泊場所である花脊交流の森へ直接出発と決定。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
(写真はすべて石井さん提供) |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
花背スキー場から寺谷峠へ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
途中道路脇には雪も残っており北山の寒さを感ぜられる。 4月6日(日) 堂馬氏の携帯電話目覚ましでたたき起こされる。朝食前、宿泊施設のまわりを散歩し、雨上がりのうまい空気を味わう。山端氏は、毎週土、日曜日は少年野球チームの面倒を、朝から晩までみておいでの様で、今日は出席出来ない旨携帯で連絡をされている。朝食後、宿のマイクロバスで登山口まで送っていただく。着いた場所は、京都市立別所小学校と中学校が同居している門の前である。二宮金次郎さんと一緒に記念撮影し、心を新たにして山にむかう。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
寺谷峠から雲取峠へ |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
昨日の雨でぬかるんだ小道をゆっくり歩み、寺山峠を越え、雪解け水の心地よさを感じていると笹の群生地に出る。その途上では、笹の葉が食べられており茎のみ残す場所が数箇所ある。皆さん、この付近に鹿が潜んでいるようだと言っている。確かに、細い道の上には緑がかった長さにして20ミリ程度のラグビーボール状の糞があちこちに散らばっている。田中氏はその一つを摘み上げ保存した。それは、植物鑑賞会の折の資料にされるとか。 |
![]() |
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
少し進んでは、植物鑑賞会である。辺りのスギ、ヒノキ、アスナロの枝を集め観察し、野邑、田中二人の先生から講義を受ける。田中氏の住む和歌山に近い大阪泉南と、此の京都北山とは直線距離にして120キロ程度であろうが、気象条件が全く異なり(ここ北山は冬にしっかり雪が降る)北山にはアスナロが育っているが、泉南で見かける事は無いとの事である。(後日、ホームページで写真掲載の上説明下されたし。)やはり植物の知識の豊富な方と来れば別の楽しみがある。大きなヤドリギも発見し、教えを受ける。そうこうしているうちに、雲取山(911M)山頂に到着。ここが、今日の行程で一番高い所である。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
雲取峠で植物鑑賞会 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
天満宮をあとにし、車道を一路貴船、鞍馬を目指して歩く。民家の畑にはフキノトウが顔を出し始め、その下の沢には芹が薄緑の姿を見せている。この花脊の山奥にもようやく春が訪れている事を実感する。車道の両側には手入れのいきとどいた北山スギが天空にむかい、その中を我々は、芹生峠にさしかさる。4,5日前の先月に石井さんは、府庁を定年退職されたが、府庁に入られ初めての仕事がこの芹生峠の数十メートルにわたる土留め擁壁工事であったとかで昭和41年の事である。昨日が雨でなければ、予定変更でこの場所に来る事はまずなかった為、石井さんは自分の手がけた若かりし時の仕事を思い出し、しばし茫然。不思議な事はやはり起こるものである。皆、壁の前に立ち記念撮影をする。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ここから約1時間、植物観察しながらようやく貴船神社にたどりつく。堂馬、山端両氏とはここで分かれ、残りの5名は鞍馬山越えにとりかかる。30分かかって急な参道を登れば、鞍馬寺奥の院である。お堂の縁台には、『戦争に反対する。平和を求む。-------------------』と言った文字が毛筆で書かれた40センチ角の色紙が置いてある。変わった寺だと思いながらスギの大木の根が覆い尽くしている参道を進むと、16歳の義経が鞍馬寺を去る時、背比べをしたと言う石の前を通り下りにかかる。九十九折参道、牛若丸息次ぎの水を経、明治に反戦歌を創った歌人、与謝野晶子の書斎(冬柏亭)や鉄幹、晶子夫婦の遺稿を保管している建物前に出る。この場所に鞍馬寺本殿がある。源義経供養塔、鞍馬の火祭りで有名な由岐(ゆき)神社から仁王門をくぐり、叡山鉄道の鞍馬口駅に到着。一日良く歩きました。 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
雲取山 山頂 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
雲取山 山頂 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
【色紙の事、冬柏亭の事が気になり、後日、鞍馬寺へ電話で事情をお聞きしたところ、色紙は寺で書いて置いているとの事、冬柏亭は東京荻窪にもともとあり、与謝野晶子さんの知人で小田原の方が面倒みていたが、保存出来なくなり鞍馬寺の前管長さんが晶子さんの弟子である関係から寺で保存するようになったとの事です。それにしても、この寺は、当時の権力者平清盛から義経を預り、明治時代に堂々と反戦歌を創った与謝野晶子の遺品を保存し、奥の院の色紙に書かれた文面を縁台にそっと置いているその姿、歴史を感じます。また出かけるのが楽しみな寺になりました。】 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
![]() |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
8:20 京都市立別所小学校、花脊一中 |
||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||